た。口元の引きしまった、眼が怒っている若い男だ。兵卒達の顔には何かを期待する色が現れていた。将校は、穴や白樺や、兵卒の幾分輝かしい顔色を意識しつゝ、なお、それ等から離れて、ほかの形而上的な考えを追おうとしている様子が見えた。
 小川を渡って、乾草の堆積のかげから、三人の憲兵に追い立てられて、老人がぼつ/\やって来た。頭を垂れ、沈んで、元気がなかった。それは、憲兵隊の営倉に入れられていた鮮人だった。
「や、来た、来た。」
 丘の病院から、看護卒が四五人、営内靴で馳せ下って来た。
 老人は、脚が、かなわなくなったものゝのように歩みが遅かった。左右から憲兵が腕をとって引きたてゝていた。老人の表情は、次第に黒くなった。眼尻の下った、平ぺったい顔、陋屋と阿片の臭い。彼は、今にも凋んだ唇を曲げて、黄色い歯糞のついた歯を露出して泣きだしそうだった。
 左右の腕は、憲兵によって引きたてられてさきに行っている。が、胴体と脚は、斜に後方に残っていた。一人が剣鞘で尻を殴った。しかし老人は、感覚を失ったものゝのように動じなかった。彼は、本能的に白樺の下へ行くのを忌避していた。
「あ、これだ、これだ!」
 丘か
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