性慾の××になったのだ。兵卒達はそういうことすら知らなかった。
 何故、シベリアへ来なければならなかったか。それは、だれによこされたのか? そういうことは、勿論、雲の上にかくれて彼等、には分らなかった。
 われわれは、シベリアへ来たくなかったのだ。むりやりに来させられたのだ。――それすら、彼等は、今、殆んど忘れかけていた。
 彼等の思っていることは、死にたくない。どうにかして雪の中から逃がれて、生きていたい。ただそればかりであった。
 雪の中へ来なければならなくせしめたものは、松木と武石とだ。
 そして、道を踏み迷わせたのも松木と武石とだ。――彼等は、そんな風に思っていた。それより上に、彼等に魔の手が強く働いていることは、兵士達には分らなかった。
 彼等が、いくらあせっても、行くさきにあるものは雪ばかりだった。彼等の四肢は麻痺《まひ》してきだした。意識が遠くなりかけた。破れ小屋でもいい、それを見つけて一夜を明かしたい!
 だが、どこまで行っても雪ばかりだ。……
 最初に倒れたのは、松木だった。それから武石だった。
 松木は、意識がぼっとして来たのは、まだ知っていた。だが、まもなく頭がく
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