下《お》りて来た。彼は、銃が重くって、手が伸びているようだった。そして、雪の上にそれを引きずりながら、馳せていた。松木だった。
 彼は、息を切らし、中隊長の傍まで来ると、引きずっていた銃を如何にも重そうに持ち上げて、「捧げ銃」をした。彼の手は凍って、思う通りに利かなかった。銃は、真直に、形正しく、鼻のさきへ持ち上げることが出来なかった。
 中隊長は、不満げに、彼を睨《にら》んだ。「も一度。そんな捧《ささ》げ銃《つつ》があるか!」その眼は、そう云っているようだった。
 松木は、息切れがして、暫らくものを云うことが出来なかった。鼻孔から、喉頭が、マラソン競走をしたあとのように、乾燥し、硬《こわ》ばりついている。彼は唾液《つばき》を出して、のどを湿そうとしたが、その唾液が出てきなかった。雪の上に倒れて休みたかった。
「どうしたんだ?」
 中隊長は腹立たしげに眼に角立てた。
「道が、どうしても、」松木は息切れがして、つづけてものを云うことが出来なかった。「どうしても、分らないんであります。」
「露助は、どうしてるんだ。」
「はい。スメターニンは、」また息切れがした。「雪で見当がつかんというので
前へ 次へ
全39ページ中28ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
黒島 伝治 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング