かえすたびに、中隊長は、不満げに、腹立たしそうな声で何か欠点を見つけてどなりつけた。
雪の上に腰を落して休んでいた武石は、
「まだ交代さしてくれんのか。」ときいた。
「ああ。」松木の声にも元気がなかった。
「弱ったなア――俺れゃ、もうそこで凍《こご》え死んでしまう方がましだ!」
武石は泣き出しそうに吐息をついた。
二人は、スメターニンと共に、また歩きだした。丘を下ると、浅い谷があった。それから、緩慢な登りになっていた。それを行くと、左手には、けわしい山があった。右には、雪の曠野《こうや》が遥か遠くへ展開している。
山へ登ってみよう、とスメターニンが云いだした。山から見下せば地理がはっきり分るかもしれなかった。それには、しかし、中隊が麓《ふもと》へ到着するまでに登って、様子を見て、おりてきなければならなかった。そうしなければ、また中隊長がやかましく云うのだ。
山のひだは、一層、雪が深かった。松木と武石とは、銃を杖にしてよじ登った。そこには熊の趾跡《あしあと》があった。それから、小さい、何か分らぬ野獣の趾跡が到るところに印されていた。蓬《よもぎ》が雪に蔽《おお》われていた。灌木《かんぼく》の株に靴が引っかかった。二人は、熱病のように頭がふらふらした。何もかも取りはずして、雪の上に倒れて休みたかった。
山は頂上で、次の山に連っていた。そしてそれから、また次の山が、丁度、珠数《じゅず》のように遠くへ続いていた。
遠く彼方の地平線まで白い雪ばかりだ。スメターニンはやはり見当がつかなかった。
中隊は、丘の上を蟻のように遅々としてやって来ていた。それは、広い、はてしのない雪の曠野で、実に、二三匹の蟻にも比すべき微々たるものであった。
「どっちへでもいい、ええかげんで連れてって呉れよ。」二人はやけになった。
「あんまり追いたてるから、なお分らなくなっちまったんだ。」
スメターニンは、毛皮の帽子をぬいで額の汗を拭いた。
九
薄く、そして白い夕暮が、曠野全体を蔽い迫ってきた。
どちらへ行けばいいのか!
疲れて、雪の中に倒れ、そのまま凍死してしまう者があるのを松木はたびたび聞いていた。
疲労と空腹は、寒さに対する抵抗力を奪い去ってしまうものだ。
一個中隊すべての者が雪の中で凍死する、そんなことがあるものだろうか? あってもいいものだろうか?
少佐の
前へ
次へ
全20ページ中16ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
黒島 伝治 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング