通訳は、刺すような痛みでも感じたかのように、左右の手を握りしめて叫んだ。「女を殺している。若い女を突き殺してる!――大隊長殿あんなことをしてもいいんですか!」
でぶでぶ腹の大隊長の顔には、答えの代りに、冷笑が浮んだばかりだった。
谷間や、向うの傾斜面には、茶色の鬚《ひげ》を持っている男が、こっちでパッと発火の煙が上ると同時に、バタバタ倒れた。
「今度は誰れが倒れるだろう……女か、子供か?――それともこっちのカーキ色の軍服だろうか!」
通訳は子供のようにおどおどしながら、村の方を見ていた。――銃声は、一つまた一つ、またまた一つと、つづけてパチパチ鳴りひびいた。
大隊長と、将校は、野球の見物でもするように、面白そうに緊張していた。
ユフカは、外国の軍隊を襲撃したパルチザンが逃げこんで百姓に化けるので有名だった。そればかりでなく、そこの百姓が残らずパルチザンだ。――ポーランド人の密偵の報告によるとそうだった。
密偵は、日本軍にこびるために、故意に事実を曲げて仰山《ぎょうさん》に報告したことがあった。が、パルチザンの正体と居所を突きとめることに苦しんでいる司令部員は、密偵の予想通り、この針小棒大な報告を喜んだ。彼等は、パルチザンには、手が三本ついているように、はっきりほかの人間と見分けがつくことを望んでいたのだ。
大隊長は、そのパルチザンの巣窟を、掃除することを司令官から命じられていた。
「……しかし、ここには、パルチザンばかりでなしに、おとなしい、いい百姓も住んどるらしいんです。」
通訳は攻撃命令を発する際に、村の住民の性質を説明してこう云った。通訳は、内気な初心《うぶ》い男だった。彼はいい百姓が住んどるんです、とはっきり、云い切ることが出来なかった。大隊長は、ここがユフカで、過激派がいることだけを耳にとめた。それ以外、彼れにとって必要でない説明は一切、きき流してしまった。
過激派討伐を命ぜられた限り、出来るだけ派手な方法を以て、そこらへんにいる、それに類した者をも鏖《みなごろし》にしなければならない。こういう場合、派手というのは、残酷の同意語であった。不明瞭な点を残さず、悉《ことごと》くそれを赤ときめて、一掃してしまえば功績も一層|水際《みずぎわ》立って司令部に認められる。
大隊長は、そのへんのこつをよくのみこんでいた。彼は先《ま》ず武器を押収することを命じた。それから、パルチザンを、捕虜とすることを命じた。それから……。
汚れた百姓服や、頭巾は無抵抗に、武器を取り上げられたり、××××たり、――殺されたりなどされるがままになっている訳には行かなかった。木造の壁の代りに丸太を積重ねていた家の中や乾草の堆積のかげからも、発射の煙が上った。これまでの銃声にまじって、また別の異《ちが》った太く鈍い銃声がひびいてきた。百姓が日本の兵士に抵抗して射撃しだしたのだ。
「やはり、パルチザンだったですね、一寸、抵抗しだしました。」
副官は、事もなげに笑った。
「おや! おや! 今度は、日本の兵たい[#「たい」に傍点]がやられました。」通訳は、前よりも、もっと痛切な声で叫んだ。「倒れました。倒れました。倒れて夢中で手と頭を振っとります。」
「三人やられたね。――一人は将校だ。脚をやられたらしい。」
「どうして司令官は、こんなことをやらせるんです! 悲惨です! 悲惨です! 隊長殿すぐやめさしておしまいなさい!」
銃を乱射するひびきは、一層はげしくなってきた。丘の上に整列していた別の中隊は、カーキ色と、百姓服が入り乱れ、蠢く方をめがけてウワッと叫びながら馳せくだりだした。
副官でない方の中尉は、通訳を、壊れかけた小屋の裏へ引っぱって行った。
「何を、君、ばかなことを云ってるんだ!」
中尉は、腹立たしげに通訳に云った。
「だって悲惨じゃありませんか! あんまり悲惨じゃありませんか!」
「君自身が、たま[#「たま」に傍点]にあたらんように用心し給え!」
中尉は通訳をにらみつけて大隊長のそばへ引っかえした。
通訳は、小屋のかげから、悲鳴や叫喚や、銃声がごったかえしに入りまじって聞えて来る方をおずおず見やった。右の一層高くなっている麓に据えつけられた狙撃砲は、その砲《つつ》さきへ弾丸《たま》をつめこんで、村をめがけてぶっぱなした。
だが、そのたまが、どこに落ちて、どれだけ家をつぶし、人を殺したか、もう通訳には分らなかった。乾草を積重ねてあるところと、それから、百姓家と、二カ所から紫色の煙が上って、そこらへんに蠢めき騒いでいる兵たいや、百姓や、女や子供達を包んでしまった。と、また、別の離れたところからも、つづいて煙が上りだした。兵士達は、大隊長の一つの命令を遂行したのだ。
村は焼き払われだした。紫色や、硫黄色《いおういろ》の
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