わ》れかけた小屋があった。そこで通訳が向うからやって来た百姓の一人に何か口をきいているのが栗本の眼に映じた。その側に中隊長と中尉とが立っていた。顔が黒く日に焦げて皺《しわ》がよっている百姓の嗄《しゃが》れた量のある声が何か答えているのがこっちまで聞えてきた。その声は、ほかの声を消してしまうように強く太くひびいた。
掠《かす》めたものを取りあっていた兵士達は、口を噤《つぐ》んで小舎の方を見た。十人ばかりの百姓が村から丘へのぼってきた。中隊長は、軍刀のつばのところへ左手をやって、いかつい眼で、集って来る百姓達を睨《ね》めまわしていた。百姓達には少しも日本の兵タイを恐れるような様子が見えなかった。
通訳は、この村へパルチザンが逃げこんで来ただろう。それを知らぬかときいているらしかった。
いくらミリタリストのチャキチャキでも、むちゃくちゃに百姓を殺す訳にや行かなかった。パルチザンはそれにつけこんで、百姓に化けて、安全に、平気であとから追っかけて来た軍隊の傍を歩きまわった。向うに持っている兵器や、兵士の性質を観察した。そして、次の襲撃方法の参考とした。
中隊長は、それをチャンと知っていた。しかし、パルチザンと百姓とは、同じ服装をしていれば、見分けがつかなかった。
「逃げて行くパルチザンなんど、面倒くさい、大砲でぶっ殺してしまえやいいじゃないか。」
小屋のところをぶらぶら歩きながら無遠慮に中隊長の顔を見ていた男が不意に横から口を出した。
その男は骨組のしっかりした、かなり豊かな肉づきをしていた。しかし、せいが高いので寧《むし》ろ痩《や》せて見える敏捷《びんしょう》らしい男だった。
見たところ、彼は、日本の兵タイなど面倒くさい、大砲で皆殺しにしてしまいたいと思っているらしかった。
それが目的格をとっかえて表現されているのだった。
中隊長は、通訳からその意味をきくと、じろりと、いかつい眼で暫らくその男を睨みつけた。
「そんなことをぬかす奴が、パルチザンをかくまっているんだ。」
中隊長は日本語で云った。
「そっちにゃ、大砲を沢山持ってるんだろう。」
その男は、中隊長のすごい眼には無頓着に通訳にきいた。
再び中隊長は、じいっとその男を睨みつけた。中尉が、中隊長の耳もとへ口を持って行って何か囁いた。
兵士達には攻撃の命令が発しられた。
骨組のしっかりした男の表情には、憎悪と敵愾心《てきがいしん》が燃えていた。それがいつまでも輝いている大きい眼から消えなかった。
四
百姓たちは、たびたび××の犬どもを襲撃した経験を持っていた。
襲撃する。追いかえされる。又襲撃する。又追いかえされる。負傷する。
彼等は、それを繰りかえしていた。そのうちに彼等の憎悪と敵愾心はつのってきた。
最初、日本の兵士を客間に招待して紅茶の御馳走をしていた百姓が、今は、銃を持って森かげから同じ兵士を狙撃《そげき》していた。
彼等の村は犬どもによって掠奪され、破壊されたのだ。
ウォルコフもその一人だった。
ウォルコフの村は、犬どもによって、一カ月ばかり前に荒されてしまった。彼は、村の牧者だった。
彼は村にいて、怒った日本の兵タイが近づいて来るのを知ると、子供達をつれて家から逃げた。ある夕方のことだった。彼は、その時のことをよく覚えている。一人の日本兵が、斧《おの》で誰れかに殺された。それで犬どもが怒りだしたのだ。彼は逃げながら、途中、森から振りかえって村を眺めかえした。夏刈って、うず高く積重ねておいた乾草が焼かれて、炎が夕ぐれの空を赤々と焦がしていた。その余映は森にまで達して彼の行く道を明るくした。
家が焼ける火を見ると子供達はぶるぶる顫《ふる》えた。「あれ……父《と》うちゃんどうなるの……」
「なんでもない、なんでもない、火事ごっこだよ。畜生!」彼は親爺《おやじ》と妹の身の上を案じた。
翌朝、村へ帰ると親爺は逃げおくれて、家畜小屋の前で死骸《しがい》となっていた。胸から背にまでぐさりと銃剣を突きさされていた。動物が巣にいる幼い子供を可愛がるように、家畜を可愛がっていたあの温《おとな》しい眼は、今は、白く、何かを睨みつけるように見開《みひらか》れて動かなかった。異母妹のナターリイは、老人の死骸に打倒れて泣いた。
長男は、根もとから折られた西洋桜を、立てらしてつぎ合わそうとした。それは、春、長男が山から掘ってきて、家の前に植えたものだ。子供は、つぎ合わせば、それがいきつくもののように、熱心に、倒れようとする桜を立てらした。しかし、駄目だった。
壊された壁の下から鍬《くわ》を引っぱり出して、彼は、親爺の墓穴を掘りに行った。
村中の家々は、目ぼしい金目になるようなものを掠奪せられ、たたきつぶされていた。餌がなくて飢えた
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