が抛《ほう》って逃げた銃を見て見ろ。みんな三八式歩兵銃じゃないか!」
「うむ、そうだな!」
が、噂は、やはり無遠慮にはげしくまき散らされだした。
ある夕方、彼等が占領地から営舎に帰ると、慰問袋と一緒に、手紙が配られてあった。
「今年は、こちらだけでなく北海道も一帯にキキンという話だ、年貢をおさめて、あとにはワラも残らず……」和田はそれを読んでいた。と、そこへ伍長が、江原を呼びに来た。
「何か用事ですか?」江原は不安げに反問した。
「何でもいい。そのまま来い!」
「どんな用事か、きかなきゃ分らないじゃないですか!」
「なにッ! 森口も浜田も来い!」
江原だけでなく五六人が手紙も読みさしで、しぶしぶ起って行った。かれらは一列になって出て行った。あとに残った和田達は、無言でお互に顔を見合わしていた。
江原達はそのまま帰ってこなかった。
翌日未明に、軍隊は北進命令を受けた。
二十六時間の激戦や進軍の後、和田達は、チチハルにまで進んだ。煮え湯をあびせられた蟻のように支那兵は到るところに群をなして倒れていた。大砲や銃は遺棄され、脚を撃たれた馬はわめいていた。和田はその中にロシア兵がいるかと思って気をはりつめていた。ロシア人や、ロシアの銃や、ロシアの大砲はしかし、どこにも発見することが出来なかった。和田はだんだん何だかアテがはずれたようなポカンとした気持になって行った。
底本:「日本プロレタリア文学集・20 「戦旗」「ナップ」作家集(七)」新日本出版社
1985(昭和60)年3月25日初版
1989(平成元)年3月25日第4刷
底本の親本:「黒島伝治全集第二巻」筑摩書房
初出:「文学新聞」
1932(昭和7)年2月5日号
入力:林 幸雄
校正:土屋 隆
2001年12月4日公開
2005年12月6日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
前へ 終わり
全2ページ中2ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
黒島 伝治 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング