いたと思われた。もうそれより外に、まかない棒という名の付きそうな棒はなかった。彼は、その棒を持って、焚き火の方へ行って、古江の傍に黙って立って居た。
「持って来たんかい。」
古江の鬚面は焚き火で紅くほてっていた。
「は。」
十人ばかりの焚き火を取り巻いている労働者達は、一様に京一を見て、くっくっ笑った。
「それがまかない棒かい?」
「よう…………」
「どら、こっちへおこせ!」
従兄は団栗眼を光らして、京一の手から丸太棒を引ったくった。そして、いきなり、棒を振り上げて、京一の頭をぐゎんと殴って、腹立たしそうに、それを傍の木屑の上に投げつけた。
「これがまかないの棒じゃ?」
「ははははは……」労働者達は、一時にどっと笑い出した。
京一は、眼が急にかっと光ったように思った。すると、それから頭の芯がじいんと鳴りだした。痛みが頭の先端から始まって、ずっと耳の上まで伝ってきた――皆は、まだ笑っている。急に、泣きたいと思わぬのに涙が出て来た。彼は、涙を他人《ひと》に見られまいとして、俯向いて早足にそこを去った。そして、醤油を煮ている釜の傍の大きな煉瓦の煙突の下に来た。涙は、なおつづいて出た。すると悲しくてたまらなくなって来た。顔を煙突につけると、煉瓦は中を通る煙の熱で温くなっていた。頭がずきんずきん痛んだ。手を触れると、丁度てっぺん[#「てっぺん」に傍点]が腫れ上っていた。
彼は煙突の方に向いて両手で顔を蔽うて泣いた。
仕事が始る時、従兄がやって来て、
「阿呆が、もっと気を付けい!」と云った。
併し、京一は、それを聞いていなかった。彼は、何故か自分一人が馬鹿にせられているようで淋しく悲しかった。
「もうこんなとこに居りゃせん!」
彼は、涙をこすりこすり、手拭いで頬冠りをして、自分の家へ帰った。皆の留守を幸に、汚れている手足も洗わずに、蒲団の中へもぐり込んだ。
暫らくたつと、弟を背負って隣家へ遊びに行っていた祖母が帰ってきて、
「まあ、京よ、風邪でも引いたんかいや。――頬冠りだけは取って寝え。」と云った。
が彼は、寝た振りをして動かなかった。
夕方には、山仕事に行っていた父母が帰った。
祖母は、風邪には温いものがいいだろうと云って、夕飯に芋粥を煮た。京一は、芋粥ばかりを食い、他の家族は、麦飯に少しの芋粥を掛けてうまそうに食った。
「飯食う時だけは、その頬冠りを
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