時、間違つた事を言つてなりません。こなひだも皇族にお目通りをして、閣下と云つてしまつたですなあ。皇族ですよ。あはゝ、なんだか、折々かう精神錯乱と云ふやうな風になるのですよ。それに目も段々悪くなります。新聞なんぞは、かう云ふ風に、遠い処へ持つて行かないと、読めないですなあ。さうすると手が草臥《くたび》れるです。一つ見台のやうなものを拵へさせて、その上に置いて読んで見ようかとも思ふのです。あの、それ、音楽家が譜を載せるやうなものですなあ。」
「楽譜架ですか。」
「それです、それです。」
こんな風な交際が二箇月ばかりも続いた。さて第一の衝突は外交問題で生じた。それはこんな工合であつた。
「もし/\、プラトン・アレクセエヰツチユさんですか。お呼びになりましたか。」
「さうです、さうです。」電話口でかう云ひながら、心配げな顔をしてゐる。
「何か御命令がございますか。」
「なに。わたくしはあなたに命令をいたすことは出来ないですが、少し願ひたい事があるのです。どうもわたくしは好く忘れてなりませんが、あなたの方で外交の事を書いてゐるのは。」
「クリユキンです。」
「ロシアの臣民ですな。」
「何事ですか。」
「いゝえ、なに。格別な事ではありません。無論お呼び立て申したのは、少しわけがあるのですが、どうもどう申して宜しいか。兎に角、御交際は御交際、公務は公務といたさなくてはなりませんが。」
「そこでどうしたと仰やるのですか。要点丈は一寸お示し下さらなくては、わたくしの方でも判断が附きません。」
「実はそのクリユキンさんですか、其方がいつも革命々々と云ふ事をお書きになるですな。なんだかかう、その革命と云ふものを掴まへて、引つ張つて来たいと云ふ風に見えるですな。」
「はゝあ。いや。それは、お考へ違ひですよ。」顔に驚きの表情をして微笑んでゐる。
「いや。さうでないです。わたくしの申すことは間違つてはゐないやうですがなあ。一体これはあなたに申す筈ではないのですが、実はわたくしが読んで見て、発見いたしたのではありません。或るその筋の。」
「ふん。なる、なる。それはクリユキンの文章に革命と云ふ詞があるかも知れませんが、あつたつて差支なささうなものですがなあ。フランス革命と云ふやうな、歴史上の事実は、誰だつて言ひも書きもしますからなあ。どの新聞でも、雑誌でも御覧になるが好い。革命と云ふ字の丸で書い
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