。」
 いくらどなつても、馬はやつとこさ、そりを引きづッてゐるだけで、この小さな馬車つかひのいふことなんか、ちつともきゝませんでした。
「ちよッ、はしらねえか。こらつ。」と、リカはさけびつゞけました。
「もつとはやくやれよ。リカ。」
 コーリヤは、とてもじれつたさうに、いひました。
「いやに急がすね。火事場へいくんぢやあるまいしさ。なんぼ馬だつて、ちつとは、かはいさうだと思つてやんなくちや。おまいさまは、そこにすわつてるが、馬のやつはおまいさまを引つぱつてゐるんだからなァ。ゆんべは材木を引つぱつたんだ。馬もすこしはこたへるよ。」
「なんだ。」と、コーリヤはいひました。
「だつて馬が二頭ぢやないか。ぼくの家の馬なら、一頭だつてもつとはやくはしるぞ。」
「それやあ、お前さまんとこの馬はえん[#「えん」に傍点]麦をたべてるんだもの。おらのは乾草だけだもの。えん[#「えん」に傍点]麦なんか、ちよつとにほひをかゞせるだけだからな。」リカは、いひくはへしました。
「おまいさまだつて、やつぱし、うまいものばつかしたべてんだらう? 砂糖ばつかしなめてんぢやないかよ。」
 コーリヤは笑ひました。
「ばか、世界中でお砂糖よりおいしいものはないと思つてゐるんだね。おまい、本がよめるかい?」
「よめるよ。少しぐらゐ。」
「ぢやあ、字をかくのは?」
「字をみてかくんならできるよ。それよりもおまいさまァまだ卒業しないのかね。」
「まだだつて? もう七年、中学にゐて、それから五年大学へいくんだよ。そしてお医者になるんだよ。」
「ぢやあ、なにもかも勉強しなくちやあならないんだね。大へんだなァ。」
「おまい、町へいつたことがあるかい?」
「あるもんか。――ちよつ、はしれ、こおら、ちきしようめ。」


    二

 あたりは、もうすつかりくらくなつて、はだを切るやうな風が、びゆう/\まともにふきつけました。コーリヤは顔中がこほりつき、足が木のやうになつてきました。
 リカは、ぎよ車台からとび下りて、馬をぶちながら、じぶんは、そりとならんでいきました。馬は、やつとかけだしました。リカもおくれまいとして、手をふりながらかけました。
 けれどすぐにおくれて、うしろにとりのこされました。
 コーリヤは、それが気になりました。やつぱりリカがぎよ車台にのつてゐるはうが安心です。リカはなか/\もとへかへりません。北風は、ます/\ふきつのつて、野原の一面をうづまくやうにあれくるひ、雪けむりをたかくまきあげたり、白かばの枝を笛のやうにうならせるかと思ふと、どつと大声で笑つたりしました。
 コーリヤは心細くなつてきました。どこかから不意に狼がとび出して、馬をもじぶんたちをも、くひころしはしないだらうか。短刀をもつた悪漢が出てきて、つかまへでもしたらどうしよう。そんなことがおこつたらお母さんや、お父さんや、レーワや、ボーリヤやサシュールカが、それこそどんなに泣くだらう。さうだ、ドウーニヤ叔母さんだつて泣くにきまつてゐる。
 コーリヤは、あたりをみまはしました。何だか、ほんたうに狼か悪漢かゞすぐそばでじぶんをねらつてゐるやうな気がしました。間もなく、白かばのかげで、ちらりと何か動きました。コーリヤははつとして目をつぶりました。
「あゝ神さま。もうだめだ。」
「こおら、ちきしよう。走れい。」
 リカの声がしました。コーリヤは目をあけました。
「リカ、おまいは、なんにもこはくない?」
 コーリヤはいひました。
「なにが?」
「狼が出てくるよ。」
「狼? こんなところに狼がゐるもんか。ゐたつて、そりの鈴の音をききやあ、ふつとんで、にげちまふよ。」
「ぢやあ盗棒《どろぼう》がきたら?」
「盗棒? 何をいふんだ。こんなところに盗棒なんかゞゐるもんか。こゝいらに住んでる人は、みんないゝ人ばかりだよ。なんだつておまいさまはそんなことばかり言ふの? クリスマスのまへの、原つぱには、そんなけがらはしいものはゐませんよ。
 マカルをぢさんがさういつたよ。なんでもをぢさんがまだ子どものとき、今日みたいにそりにのつていくと、原つぱのまん中で森のばけものがをどりををどつてゐたと。うそぢやあない。ばけものゝやつが、白かばのかげで、はねくりかへつてをどつてやがつたんだつて。」
「ふうん。」
「で、マカルをぢさんは讃美歌をうたひ出したんだと。けふぞマリヤを、つてのをよ。それをきくと、ばけものゝやつは、蠅になつてさ、蠅によ。そして、雪あらしの中をぴゆう/\ふつとんで、どつかへにげてしまつたんだつて。」
「うそだらう。」
「うそ? それぢやあこんな話だつてあるよ。クリスマスの前の晩には、魔法使の女が臼にのつてやつてきて、まつ黒な鬼と一しよに輪になつてをどつたり、うたつたりするんだといふよ。そして、朝お寺の鐘がなるとみん
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