。」
 いくらどなつても、馬はやつとこさ、そりを引きづッてゐるだけで、この小さな馬車つかひのいふことなんか、ちつともきゝませんでした。
「ちよッ、はしらねえか。こらつ。」と、リカはさけびつゞけました。
「もつとはやくやれよ。リカ。」
 コーリヤは、とてもじれつたさうに、いひました。
「いやに急がすね。火事場へいくんぢやあるまいしさ。なんぼ馬だつて、ちつとは、かはいさうだと思つてやんなくちや。おまいさまは、そこにすわつてるが、馬のやつはおまいさまを引つぱつてゐるんだからなァ。ゆんべは材木を引つぱつたんだ。馬もすこしはこたへるよ。」
「なんだ。」と、コーリヤはいひました。
「だつて馬が二頭ぢやないか。ぼくの家の馬なら、一頭だつてもつとはやくはしるぞ。」
「それやあ、お前さまんとこの馬はえん[#「えん」に傍点]麦をたべてるんだもの。おらのは乾草だけだもの。えん[#「えん」に傍点]麦なんか、ちよつとにほひをかゞせるだけだからな。」リカは、いひくはへしました。
「おまいさまだつて、やつぱし、うまいものばつかしたべてんだらう? 砂糖ばつかしなめてんぢやないかよ。」
 コーリヤは笑ひました。
「ばか、世界中でお砂糖よりおいしいものはないと思つてゐるんだね。おまい、本がよめるかい?」
「よめるよ。少しぐらゐ。」
「ぢやあ、字をかくのは?」
「字をみてかくんならできるよ。それよりもおまいさまァまだ卒業しないのかね。」
「まだだつて? もう七年、中学にゐて、それから五年大学へいくんだよ。そしてお医者になるんだよ。」
「ぢやあ、なにもかも勉強しなくちやあならないんだね。大へんだなァ。」
「おまい、町へいつたことがあるかい?」
「あるもんか。――ちよつ、はしれ、こおら、ちきしようめ。」


    二

 あたりは、もうすつかりくらくなつて、はだを切るやうな風が、びゆう/\まともにふきつけました。コーリヤは顔中がこほりつき、足が木のやうになつてきました。
 リカは、ぎよ車台からとび下りて、馬をぶちながら、じぶんは、そりとならんでいきました。馬は、やつとかけだしました。リカもおくれまいとして、手をふりながらかけました。
 けれどすぐにおくれて、うしろにとりのこされました。
 コーリヤは、それが気になりました。やつぱりリカがぎよ車台にのつてゐるはうが安心です。リカはなか/\もとへかへりません。
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