い理論を建設する事が出来るに違ひない。天下に対して誇つても好い理論が出来るだらう。これまでは簿書《ぼしよ》の堆裏《たいり》に没頭してゐたり、平凡な世間の娯楽に時間を費したりしてゐたので、それが出来なかつたのだ。古い議論は悉《こと/″\》く反駁して遣る。反証を挙げて遣る。詰まり新しいシヤアル・フウリエエが世に出ると云ふものだ。時に君、チモフエイに七ルウベル返してくれたかね。」
「たしかに返したから、さう思つてくれ給へ。僕のポケツトから返したから。」自分の銭で、イワンの借財を返したと云ふ事を、はつきり聞かせるやうに、己は答へた。
 イワンは高慢な声で云つた。「それは今に君に返すよ。いづれ遠からず俸給が一等だけ上がるだらう。かう云ふ場合に進級させないやうでは、誰を進級させる事も出来まいからなあ。これからこつちはどの位世間に利益を与へて遣るか分からない。それはさうと、妻《さい》はどうしたね。」
「エレナさんが機嫌好く暮してゐるかどうか、聞きたいと云ふのかね。」
「妻だよ。妻はどうしたと云ふのだ。」その声はまるで婆あさんが小言を言ふやうである。
 己はどうも為方がないから、心中では歯咬《はが》み
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