及ばないことは無論で、却てこの偶然のお蔭で、非常な出世をすると云つても好いのだ。」
己はこの長談義を聞いてしまつて、無愛想な調子で云つた。「併し君、退屈になつて困りさへしなければ好いがね。」一番己の癪に障つたのは、イワンがいつも云ふ「僕」と云ふ事をまるで省いて、代名詞なしに自分の事を饒舌《しやべ》つてゐるのである。これは非常に傲慢な物の言ひやうである。イワンはそんな調子で饒舌るのだが、己の方で考へて見れば、イワンの態度は、実に以ての外だと云はなくてはならない。一体馬鹿奴が途方もない己惚《うぬぼれ》を出したものだ。泣いても好い位な境遇にゐながら、大言をすると云ふ事があるものか。
退屈さへしなければ好いがと、己が云ふのを聞いて、無愛想にイワンは云つた。「退屈なんぞをするものか。なぜと云ふにこの胸には偉大な思想が一ぱいになつてゐる。やつと今度|隙《ひま》になつたので、人間生活の要素をどう改良したら好いかと云ふ事を考へて見る事が出来る。いづれ今後世界に向つて真理と光明とがこの※[#「魚+王の中の空白部に口が四つ」、第3水準1−94−55]から発表せられる事になるだらう。遠からず経済上の新し
前へ
次へ
全98ページ中48ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
ドストエフスキー フィヨードル・ミハイロヴィチ の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング