。「最初に考へてお貰ひ申さねばならないのですが、全体わたしは上役でもなんでもないのですね。あなたともイワン君とも同等の人間です。して見ればさう云ふ事件が生じたに付いて、何もわたしが立ち入つて彼此申さなくても好いやうなものですね。」
 己は異様に感じた。何より不思議なのは、主人が最初から一切の事を知つてゐるらしいのである。それでも己は念の為め今一度繰り返して、始終の事を話した。二度目には前より委《くは》しく話した。己の調子は熱心であつた。己はイワンの親友として周旋して遣らなくてはならないと思つたからである。併し今度も主人は少しも感動する様子がない。否、寧ろ猜疑の態度で、己の詞を聞いてゐる。
 最後に主人は云つた。「実は早晩《いつか》こんな事が出来はしないかと、疾《と》うから思つてゐましたよ。」
「それはなぜでせう。中々容易に想像の出来ない、非常な事かと思ふのですが。」
「それはあなたの云はれる通りかも知れません。併しあのイワンと云ふ男は役をしてゐる間中見てゐますと、どうもこんな末路に陥りはしないかと懸念せられたのですよ。兎角物事に熱中する癖があつて、どうかすると人を凌駕するやうなところも
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