己も細君と一しよになつて途方に暮れた。「成程。それは予期してゐない問題ですね。僕もそこまではまだ考へてゐなかつたのです。それに付けても人生のあらゆる問題に対して、どうも婦人の方が男子より着実な思想を持つてゐるやうですね。」
「まあ、どうしてあんな所へ這入つたものでせうね。今では誰と話をする事も出来ないで、ぼんやりして坐つてゐる事でせう。それに真つ暗だと云ふぢやありませんか。ほんとにこんな事があると知つたら、宅に写真を撮らせて置くのでしたつけ。わたし今は一枚も持つてゐませんの。ほんとにかうなつてみれば、わたしは後家さんのやうなものですね。さうぢやありませんか。」人を迷はせるやうな微笑をして云ふのである。細君は自分が未亡人《びばうじん》のやうな身の上になつたと云ふ事に気が付いて、それをひどく興味があるやうに思つてゐるらしい。暫くして細君は云つた。「ですけれど、気の毒な事は気の毒ですわね。」
細君は続いて色々な事を話した。無理もない。若い美しい奥さんの事だから、別れた亭主を恋しがるのは当り前である。彼此話してゐる内に、我々はイワンの家に来た。細君が午食《ひるしよく》を馳走するので、己は
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