A生きておらなかったものか、また現に今でも個々の心の動きのうちに――民衆の動きの中に生きておらんものだろうか? それどころか、あらゆるものを破壊する無神論者の心の動きの中にさえ、以前と同じように厳然と生きておるのじゃ。つまり、キリスト教を否定して、反旗をひるがえす人でさえもが、その本質においては、キリストの面影を宿しておるによってじゃ、しかも今もなお、そのとおりの人として生活をつづけておるからだ。その証拠には、彼らの知恵も、彼らの情熱も、かつてキリストによって示されしもの以外に、人間とその品位に相当するすぐれたお姿を、創《つく》り出すことができなかったのではないか。種々の試みもあったが、それはいずれもかたわのような醜いものばかりだ。アリョーシャ、このことは特によう覚えておくがよろしい。なぜというて、おまえは、臨終の長老のお指図《さしず》で、世間へ乗り出して行かねばならんからだ。この偉大なる日を思い出すときに、おまえの門出のために衷心から与えたわしのことばも、やはり忘れずにおってくれるじゃろうな。なにせ、おまえは若いから、世の中の誘惑が激しゅうて、耐えてゆくのは力に及ばぬかもしれぬでな。
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