悔をなさるがよい。おのれの罪を恐れずに、罪を感じたときにも、ただ悔い改めて、けっして神に誓いをかけてはなりませぬ。くり返して言うようですが――けっして高ぶってはなりません。小さな者に対してばかりでなく、大きな者に対しても高ぶるものではありません。またこちらを排斥するもの、侮辱《ぶじょく》するもの、誹謗《ひぼう》するもの、中傷するものをも憎んではなりません。無神論者、悪の伝道者、物質論者をも、その中の善良な者のみではなく、邪悪な者をすらも憎んではなりません。なんとなれば、そういう人たちの中にも、善良な人はたくさんいるのじゃから、ことに今のような時世にはな。だからこういう人たちのために祈っておやりなされ、『主よ、誰にも祈ってもらえぬあらゆる人たちを救いたまえ。御身に祈ることを欲せざる者をも救いたまえ』と。それからそこで付け加えてください、『主よ、わがかかることを祈るは高慢のためではござりませぬ。わが身みずからも、誰にもまして忌まわしい者でござりますから……』と、どうか神の子を愛してください。羊の群れを外来の者に奪わせるようなことがあってはなりませんぞ。もしもなまけていたり、思いあがってい
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