ウ不承やって来るのであった。それというのもたいていの者が、おれはむほんをくわだてているとか、高慢な人間だなどと思われたくないために出席するだけだからである。また人の噂では、寺僧のなかには、懺悔の集まりへ出る前に、『おれは今朝おまえに腹を立てたというから、おまえもうまくばつを合わせてくれ』などと話題をこしらえるために、仲間同士であらかじめ打ち合わせをしたりさえした。実際、こんなことがたびたびあったということは、アリョーシャも知っていた。その他にも彼の知っていることで、修行僧が肉親から受け取った手紙まで第一に長老の手へ渡されて、受信人よりも先に長老が開封して目を通すという習慣に、非常な不満をいだいている向きもあるということである。むろん、これはすべて任意の服従から有益な指導を仰ぐ目的で、自由に誠実に行なわれるべきことであったが、実際はほとんど誠実を欠いているばかりか、むしろわざとらしい技巧をもって行なわれることがあった。けれど、寺僧の中でも年長の経験深い人々は『修行のために誠心をもって、この壁の中へはいって来たほどの人には、疑いもなくこうした服従や難行が有益なもので、自分たちに偉大な利益を
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