百足が、意地の悪い毒虫め、ちくりとおれの心臓を刺したんだよ。わかるかい? おれはじろりと相手を一瞥《いちべつ》した。おまえはあの女《ひと》を見たかい? 美人だろう。だがあの時の美しさはそんな風の美しさではなかったのだ。あの女《ひと》が美しかったのは、あの女《ひと》がこのうえもなく高潔であるに引き替え、おれは一個の卑劣漢にすぎなかったからだ。あの女《ひと》が父の犠牲《ぎせい》として、寛容の絶頂にあるに引き替え、おれは一匹の南京虫《ナンキンむし》に等しいからなんだ。ところが、その卑劣漢で南京虫にすぎないおれのために、あの女《ひと》は身も心もいっさいをあげて、生殺与奪の権を握られているのだ。追いつめられてしまっているのだ。おれはあからさまに言うが、この考えは――この毒虫の考えは、おれの心臓をしっかりとつかんでしまって悩ましさのために心臓が溶けて流れ出さないばかりだった。もはやなんの争いもなさそうだった。南京虫か毒蜘蛛《どくぐも》のように、情け容赦もなく行動に移るばかりだ……。おれは息が止まる思いだった。ところがまた、これをどこまでも高潔な方法でかたづけて、誰にもそれを知らさない、いや誰も知る
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