といえばいっさいがっさいが謎なんだ! おれが深い深い放蕩三昧《ほうとうざんまい》の底へはまりこんで行くようなときには(おれにはそんなことよりほかに何もできやしないのだ)、いつもおれは、このセレースの歌と『人』の詩を読んだものだ。しかし、それがおれを矯正《きょうせい》しただろうか? けっしてけっして! だって、おれはカラマゾフなんだもの。どうせ無限の底へ飛びこむのなら、いっそ思いきりまっさかさまに落ちるがいいんだ、しかも、そんな恥ずかしい状態に落ちるのを喜んで、それを自分にとって美的だと考えているのだからなあ。そして、こうした屈辱のまっただ中で、おれは不意に、讃美歌をうたいだすのだよ。たとえおれはのろわれたきたない下劣な人間にもせよ、神様の着てござる衣の端に接吻したっていいはずだ。それと同時に、たとえ悪魔の後ろについて行っても、おお神様、わたしはあなたの子供です。わたしはあなたを愛します、そして喜びを感じます。この喜びなくしては世界も存立することができません。
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とこしえのよろこび、
ありとある人のこころをうるおす、
奇《く》しくもわきたつ力、
いのちの杯をもやす
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