、土饅頭《どまんじゅう》に額のつくほど礼拝するのであった。そのとき以来長年のあいだ、彼は一度も自分の赤ん坊のことを口にしなかった。マルファ・イグナーチエヴナも、彼の前では子供のことを思い出さないようにした。そして誰かと自分の『赤ちゃん』の話をするようなことがあると、その場にグリゴリイ・ワシーリエヴィッチが居合わさなくても、ささやき声で話したものである。マルファの気づいたところでは、その墓場の一件以来、彼はもっぱら『神信心』に凝《こ》りだし、たいがいひとり黙々として、『殉教者伝』に読みふけったが、そのつど、大きな丸い銀縁の眼鏡《めがね》をかけるのであった。声をあげて読むのはごくまれで、大斎期《おおものいみ》の際くらいのものであった、約百記《ヨブき》を好んで読んだが、またどこからか『聖《きよ》き父イサーク・シーリン』の箴言《しんげん》や教訓の写しを手に入れて、しんぼうづよく長年のあいだ読み続けたが、それはほとんどまるっきりわからなかった。しかし、わからないがために、こよなくその書物を尊び、かつ愛着したのかもしれない。最近になって彼は、近所に信者があったため、鞭打教の宗旨に傾倒し始めてかなり
前へ
次へ
全844ページ中272ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
ドストエフスキー フィヨードル・ミハイロヴィチ の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング