人はこの家を去らなかった。そこでフョードル・パーヴロヴィッチは夫婦に対してわずかな給金を定めて、それをきちんきちんと支払っていた。それにグリゴリイは、自分が主人に対して、異論のないある勢力をもっていることを知っていた。そして彼がこう思ったのは、けっして思い違いではなかった。狡獪《こうかい》で片意地な道化者のフョードル・パーヴロヴィッチは、彼自身の言いぐさのように『世の中のある種の事柄に対しては』なかなかずぶとい気性を持っていたけれど、ある『別種な世の中の事柄』に対しては自分でも驚くほど、から意気地がなかった。それがどんな事柄であるかは、自身でも知っていて、いろいろなことに恐れをいだいていたのである。世の中には、ある種の事柄に対して、十分警戒しなければならない場合がある。そんなとき身辺に誰か忠実な人間がいなくては心細かったが、グリゴリイは忠実という点では無類な人間であった。フョードル・パーヴロヴィッチはこれまで世の中を渡る間にも、幾度となくなぐられそうな、しかもこっぴどくなぐられそうな場合にぶつかったこともよくあったが、そういうときには、いつもグリゴリイが彼を救い出した。もっともそのあと
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