イ院長はやはり、貴族出の人だとのことだ)、どうしてその人たちに優しく、愛想よく、丁寧に応対して悪いはずがあろう?……』……『議論なんかしないで、かえっていちいち相づちを打って、愛嬌《あいきょう》で引きつけてやろう、そして……そして……結局おれがあのイソップの、あの道化の、あのピエロの仲間ではなく、かえってみんなと同じように、あいつのためにひどい目に合ったんだということを証明してやろう……』
係争中の森林の伐採権も漁業権も(そんなものがどこにあるのか、彼は自分でも知らなかった)、今日すぐにも、きっぱり譲歩してしまおう、それにあんなものは値段にしてからが、ごくわずかなことなんだから。そして修道院相手の訴訟はいっさいとりやめてしまおう、と決心したのである。
こうした殊勝な心がけは、修道院長の食堂へはいったとき、さらに強固になった。しかし、修道院長のところには正式には間数が二つしかなかったので、食堂というものはなかったわけだ。もっとも、長老の庵室よりはずっと手広く、便利にできていたが、部屋の飾りは長老のところ同様、格別ぜいたくらしいところがなかった。家具類は二十年代の流行おくれな、マホガニ
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