。しかし、そのうちには運命の計らいで、価値ある者が相当の席について、価値のない者は永久に路地の奥へ隠れてしまうのだ――自分の気に入った、自分に相当したきたない路地の奥へ――そして汚物と悪臭の中に、満足と喜びを覚えながら滅びていくのだ。おれはなんだかやたらにしゃべったが、おれのことばはどれもこれも使い古されたもので、それを出ほうだいに吐き散らしたようだけれど、しかし、おれが今言ったとおりになるよ。おれは路地の中へうずもれてしまって、あの女はイワンと結婚するのだ」
「兄さん、ちょっと待ってください」とアリョーシャは非常な不安をもってさえぎった。「でも、これまで兄さんがはっきり説明してくれないことが一つありますよ。それはね、つまり兄さんは婚約者なんでしょう。とにかく、婚約者に違いないでしょう? それだったら相手の婦人が望んでもいないのに、縁を切るわけにはゆかないじゃありませんか?」
「うん、おれは立派に祝福を受けた正式の許婚だ。それがおれがモスクワへ行ったとき、聖像の前で盛大な儀式によって堂々と行なわれたのだ。将軍夫人が祝福してくれてさ。いいかい、カーチャにお祝いまで言ったのだよ。おまえはいい花婿を選んだ、わたしにはこのかたの肚の底まで見通せるってね。そして変な話だが、イワンは夫人のお気に召さないでさ、お祝いひとつ言ってもらえなかったのだよ。おれはモスクワでいろいろカーチャと話し合って自分のことを潔く、精確に誠意をこめて打ち明けたのだ。あの女《ひと》はじっと聞いていたが、

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顔には愛《いと》しき惑《まど》い
口には優しきことば……
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 いや、尊大なことばもあったよ。あの女はおれにそのおり、身持ちを改めるようにというおごそかな約束をさせたものだ。おれは約束をした。ところがだ……」
「どうしたのです?」
「ところが、おれは、今日おまえを呼んで、ここへ引っぱりこんだのだ、今日という日にな、――それを覚えておいてくれ――そして、やはり同じ今日、おまえをカーチャのところへやって、それから……」
「どうするんです?」
「あの女にそう言ってくれるんだよ――もうけっしておれは行かないから、どうぞよろしくって」
「だって、そんなことがあっていいものでしょうか?」
「よくないからこそ、おまえを代わりにやろうっていうのだ。でなくって、おれ自身どうしてあの女にそんなことが言えるもんか?」
「それで、兄さんはどこへ行くんです?」
「路地へさ」
「じゃあグルーシェンカのところへですね!」アリョーシャは手を打って、悲しそうに叫んだ。
「では、ラキーチンの言ったのは本当だったのかしら? 僕はまた、兄さんはちょっと行ってみただけのことで、もう済んでしまってるのだとばかり思っていたのに」
「許婚の男が、あんなところへ行くんだって? そんなことができるもんかい? しかも許嫁がいて、みんな見てるところでさ? おれにだって少しは廉恥心があるはずだよ。ところが、グルーシェンカのところへ行き始めると同時に、おれはもう許婚でもなければ、誠実な人間でもなくなってしまったんだよ。それはおれにもわかってるのさ。どうしてそんな眼でおれを見るんだい? おれは最初、ただあの女をひっぱたきに行ってやったのだよ。それは、親爺の代理人をしてやがるあの二等大尉のやつが、おれの名義になっている手形をグルーシェンカに渡して、おれが閉口して手を引くように告訴してくれって頼んだということを、聞きこんだからだ。それが確かなことは、今でもわかってるよ。おれを脅かそうとしやがったのさ。だから、おれはグルーシェンカをぶんなぐりに出かけたのだ。前にもおれはあの女をちらっと見たことがある。だが別に気にも留めなかったのさ。今病気でひどく弱りこんで寝ているが、とにかくだいぶんの金をあの女に残すらしい例の老いぼれ商人のことも知っていた。それからあの女は金もうけが好きで、ひどい高利で貸しつけてはどしどし殖《ふ》やしていることも、情け容赦もない悪党《わる》の詐欺師だって話も聞いていた。で、おれはぶんなぐりに出かけたのだが、そのまま女の家に神輿《みこし》をすえてしまったのさ。つまり、雷に撃《う》たれたんだ。黒死者《ペスト》にかかったんだ、いったん感染したっきり、今だに落ちないんだ。もうこれでおしまいなんだ、どうにも変わりようがないってことは、おれにもわかっている。時の循環が完了したのだ。まあ、こんな事情《わけ》さ。ところが、ちょうどその時、おれみたいな乞食のポケットに故意《わざ》とのように三千ルーブルという金があったのだ。で、おれは女を連れてここから二十五|露里《エルスター》あるモークロエ村へ出かけて、ジプシイの男女を集めるやら、シャンパンを取り寄せるやらして、村の百姓や、女房や娘
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