セが、つい近ごろ、ロシアの古い話を集めた本で読んだばかりなんだ。『書記《アルヒーフ》』だったか『古事《スタリナー》』だったか、よく調べてみなければ、どちらで読んだか忘れてしまったよ。なんでも現世紀の初めごろ――農奴制の最も暗黒な特代のことさ、それにしても、かの農奴解放者万々歳だ! さてその現世紀の初めごろ、一人の将軍があったのさ。立派な縁者や知友をたくさんもった、きわめて富裕な地主であったが、職を退いてのんきな生活にはいると共に、ほとんど自分の家来の生殺与奪の権を獲得したもののように信じかねない連中の一人であった(もっとも、こんな連中はその当時でも、あまりたくさんはいなかったらしいがね)。しかし、時にはそんなのもいたんだよ。さてこの将軍は、二千人からの農奴のいる自分の領地に暮らしていて、近隣の有象無象の地主などは、自分の居候か道化のように扱って、威張り散らしていたものだ。この家の犬小屋には何百匹という猟犬がいて、それに百人ばかりも犬番がついていたが、みんな制服を着て馬に乗ってるのさ。ところが、ある時、召し使いの子供でやっと九つになる男の子が、石を投げて遊んでいるうちに、誤って将軍の秘蔵の愛犬の足を傷つけたんだ。『どうしておれの愛犬は跛《びっこ》を引いてるのか?』とのお尋ねに、これこれで子供が石を投げて御愛犬の足を痛めたのでございますと申し上げると、『ああん、貴様のしわざなんか』と将軍は子供をふり返って、『あれをつかまえい!』と命じた。で、人々はその子供を母の手もとから引ったてて、一晩じゅう牢の中へ押しこめた。翌朝、未明に将軍は馬にまたがって、本式の狩猟のこしらえでお出ましになる。まわりには居候や、犬や、犬飼いや、勢子《せこ》などが居並んでいるが、みんな馬に乗っている。ぐるりには、召し使いどもが見せしめのために呼び集められている。そのいちばん先頭には悪いことをした子供の母親がいるのだ。やがて、子供が牢から引き出されて来た。霧の深い、どんよりした、寒い秋の日のことで、猟には持ってこいの日和《ひより》だった。将軍は子供の着物を剥《は》げと命じた。子供はすっかり丸裸にされて、ぶるぶる震えながら、恐ろしさにぼうっとなって、口さえきけないありさまなのだ。『それ、追え!』と将軍が下知をする。『走れ、走れ!』と勢子どもがどなるので、子供は駆け出した……と、将軍は『かかれ!』と叫んで
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