重な時間を浪費したのは、第一には儀礼のためであり、第二には、『何はともあれ、あらかじめ何か先手を打っておこう』という、ずるい考えによるのであると。
もっとも、自分は、この小説が、『本質的には完全な一体でありながら』おのずからにして二つの物語に分かれたことを喜んでさえもいるのである。読者が最初の物語を通読された以上、第二の物語に取りかかる価値があるかないかは、すでにおのずから決定されるであろう。いうまでもなく、誰ひとり、なんらの拘束を受けているわけではないので、最初の物語の二ページくらいのところから、もう二度とあけてみないつもりで、この本を放り出しても、いっこうにさしつかえはないのである。しかし、公平な判断を誤るまいとして、ぜひとも最後まで読んでしまおうというようなデリケートな読者もあるのではないか。たとえば、ロシアのあらゆる批評家諸君がそれである。かような人たちに対しては、なんといっても気が楽である。つまり、彼らがどんなに精密で良心的であろうとも、やはりこの小説の第一の插話の辺で本を投げ出すのに最も正当な口実を提供しておくわけである。さあ、これで序文は種切れだ。自分はこれがよけいなものであるということに全く同感ではあるが、せっかくもう書いたことでもあるから、これはこのままにしておこう。
さて、いよいよ本文にとりかかろう。
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第一篇 ある家の歴史
一 フョードル・パーヴロヴィッチ・カラマゾフ
アレクセイ・フョードロヴィッチ・カラマゾフは、この郡の地主フョードル・パーヴロヴィッチ・カラマゾフの三男で、父のフョードルは、今からちょうど十三年前に悲劇的な陰惨な最後を遂げたために、そのころ(いや、今でもやはりこちらでは時おり噂《うわさ》にのぼる)非常に評判の高かった人物であるが、この事件についてはいずれしかるべきところにおいてお話しすることにしよう。ここでは単にこの『地主』が(当地では彼のことをこう呼んでいたが、その実、彼は一生涯ほとんど自分の持ち村で暮らしたことがなかった)かなりちょいちょい見受けるには見受けるが、一風変わった型の人間であった、というだけにとどめておこう。つまり、やくざで放埒《ほうらつ》なばかりではなく、それと同時にわけのわからない人間のタイプ――もっとも、同じわけのわからない連中の中でも、自分の財産に関する細々した事務を
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