しもまんざらばかではないから、いきなり戸をばたんと閉めて、そいつの尻尾《しっぽ》をはさんでやった。すると、吠《ほ》え立てて、もがきだしたから、わしは十字架で三たびも十字を切ってやった。見ると、踏みつぶされた蜘蛛《くも》のように息絶えてしもうた。今はきっと隅のほうで腐れかかって、臭いにおいを放っておるはずじゃが、それが皆の眼にはいらんのじゃて。鼻がきかんのじゃ。わしは、もう一年も行かん。おまえさんはよそから来た者じゃによって、打ち明ける次第じゃ」
「なんという恐ろしいことばでございましょう! ところで方丈様」と坊さんはしだいしだいに大胆になってきた。
「あなた様のことがかなりの遠方まで、たいへんな噂《うわさ》が立っておりますのは、本当のことでございましょうか? なんでも、あなた様が、精霊と絶えず交わりをつづけていらっしゃるとか……」
「飛んで来るのじゃ。よく」
「どんなにして飛んでまいるのでございましょう? どんな形をしておりますやら?」
「鳥のようにな」
「鳩の形をした精霊でございますか?」
「精霊が来ることもあるし、神霊が来ることもある。神霊はまた別な鳥の形をして降りて来るのじゃ。ときには燕《つばめ》、ときには金翅雀《かわらひわ》、ときには山雀の形をして」
「山雀を御覧になって、どうして精霊だということがおわかりになります?」
「物を言うので」
「どんなことを言うのでございましょう。どんなことばで?」
「人間のことばじゃ」
「どのようなことをあなた様に申しますので?」
「今日はこんな知らせがあった、今にばか者がやって来て、つまらんことを聞くじゃろうと。おまえさんはいろんなことを聞きたがるのう」
「まあ、恐ろしいことを、方丈様」と坊さんは首を振った。その小心な眸《ひとみ》の中には、疑わしげな色がうかがわれた。
「さて、おまえさんはこの木が見えるかの?」しばらく黙っていたフェラポントはこう聞いた。
「はい、方丈様」
「おまえさんの眼には楡《にれ》じゃろうが、わしの眼から見ると別の光景じゃ」
「いったいどのような絵で?」坊さんはむなしい期待をいだきながら黙っていた。
「夜はよくあることじゃ。あの二本の枝が見えるかの? あれが夜になると、ちょうどキリスト様が、わしの方へお手を差しのばされて、その手でわしを捜しておいでになるように、まざまざと見えるのじゃ、それでわしは震え
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