チた。そんな場合には、たいてい、相手の者に大きな謎《なぞ》でもかけるようなことばを、何か一つ必ず話のあいだにはさむのであった。そのあとでは、なんと言って頼んでも、けっして説明をしてくれなかった。彼は僧位というものを何も持っていなかった。単に一介の僧侶たるにすぎなかった。これはきわめて無知な人たちのあいだに限っていたが、かなり、奇怪なある噂が伝わっていた、――というのは、フェラポントが天の精霊と交わりを結んで、この精霊だけを話し相手にしているので、そのために、人間に対しては、いつも沈黙を守っているというのであった。
オブドルスクの坊さんは蜜蜂小屋へたどりつくと、蜂飼いに教えられて(これもやはり非常に気むずかしい僧であった)、フェラポントの庵室の立っている一隅をさして進んで行った。『ひょっとしたら、よそから来た人だというので、話をなさるかもしれませんが、またことによったら、何一つ聞き出せないかもしれませんよ』蜂飼いの僧はあらかじめ注意を促した。後になって当人が話したところによると、坊さんは激しい恐れをいだきながら庵室へ近づいたとのことであった。すでに、時刻はかなりに遅くなっていた。フェラポントはこのとき庵室の戸口にある低い小さなベンチに腰をかけていた。その上には、大きな楡《にれ》の老樹が、かすかにそよいでいた。夕暮れの冷気が通り過ぎた。オブドルスクの僧は苦行者の前に身を投げ出して、祝福を乞うた。
「おまえさんはわたしを自分の前へ、同じようにうつぶせにさせようというのかな?」とフェラポントは言った、「起きなよ!」
坊さんは立ち上がった。
「わたしにも祝福を授け、自分でも祝福を受けてから、そばへ来てすわるがよろしい。いずれからまいったのかな?」
何にもまして、この哀れな僧を驚かせたのは、フェラポントが疑いもなく極度の精進をして、しかもかなり年が寄っていたのにもかかわらず、見かけたところでは、力強い背の高い老人で、腰も曲がらずにしゃんとして、顔も痩せてはいるが、元気らしく、生き生きしていることであった。その体《からだ》の中に、まだなみなみならぬ力が保たれていることは確かであった。体格などは、まるで力士のようであった。これほどの年になっていながら、彼はまだすっかり胡麻塩《ごましお》にはなりきっていなかった。もとはまっ黒であった髪の毛は、頭にもあごにも房々としていて、大きな
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