な希望があるにしても、現金としては少しもなかったのだ。だが、その女学院出の令嬢が帰って来た(ほんのしばらく滞在するだけで、ずっとというわけではなかったが)時には町じゅうがまるで面目を一新した観があったよ。一流の貴婦人たち――将官夫人が二人と大佐夫人が一人、それに婦人という婦人が、猫も杓子《しゃくし》も加勢して、四方から令嬢を引っ張り凧《だこ》にして御機嫌を取りにかかった。令嬢はたちまち舞踏会やピクニックの女王になってしまい、どうかした保母たちの救済だと言って、活人画の催しまであった。おれは黙って飲み回っていたが、ちょうどその時分おれは町じゅうが騒ぎ立てるようなひどいことをやっつけたんだ。一度その令嬢がおれをじっと眺めたことがあるんだ。それはある砲兵隊長のところでの話だ。だがその時おれはそばへも寄らなかったよ。お近づきになるなんてまっぴらだといった態《てい》でさ。おれがこの令嬢のそばへ近寄ったのは、それからかなり後のある夜会の席だったが、話しかけてみたんだけれど、ろくにこちらを見向きもしないで、軽蔑したように口をきっと結んでいるじゃないか。ようし、と、おれは肚《はら》の中で思ったんだ、今に仇《かたき》を討ってやるから! おれはそのころ、たいていの場合、おそろしく無作法者だった。それは自分でも気がついていた。だがそれより、もっと感じたことは、この『カーチェンカ』が無邪気な女学生というよりは、気性のしっかりした、自尊心の強い、真から徳の高い、それに第一、知恵と教育のある淑女だのに、おれにはそいつが両方ともないってことなんだ。おまえはおれが結婚の申しこみでもしようとしたと思うかい? どうしてどうして、ただ仇が討ちたかったばかりだ、おれはこんな好漢なのに、あの女はそれに気づきおらん、といった肚なのさ。が、当分は遊興と乱暴で日を送った。とうとうしまいに中佐はおれを三日間の拘禁に処したくらいだ。ちょうどその時分、親爺がおれに六千ルーブル送ってよこした。それはおれが正式の絶縁状をたたきつけて、この後二度と再び無心をしない、『総勘定』を済ましたことにするからと言ってやった結果なんだ。当時おれにはなんにもわからなかったんだ。こちらへ来るまで、いや、つい、この四五日前まで、というより恐らく今日まで、親爺との金銭関係がどうなっているか、さっぱりわからなかったんだ。だがそんなことはどうだって
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