に熱狂した調子でうたい始めた。
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「まとうものなく、人慣れず、
心ちいさき野の人は
岩屋の奥に身をひそめ、遠近《おちこち》の野をさすらいて
遊牧の民は野を荒らし……
猟人《さつお》は槍と矢をもちて
森より森といかめしく走りゆきしか……
悲しさよ、波のまにまによるべなき
岸にすてられ、果つる人!
オリンピア 山を下りて、母のセレース、
さらわれし愛《いと》し娘のプロセルピンの
あとを追いしが、
心なき世はさみしくて。
身を寄するところもあらず、
よろこびて、むかうる人の一人とてなく、
このあたり、いずくの寺も
神を崇《あが》むるけしきとてなく。
野の実り、甘き葡萄《ぶどう》の房さえも
うたげの席を賑わさず
血に染みし祭りの壇《たな》に
いけにえの残りのけぶり くゆるのみ
悲しき瞳《め》もてセレースが
ふりさけ見れば、かなたには
汚れの底になずみたる
人の姿の見ゆるのみ」
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すすりなきの声が突然ミーチャの胸からほとばしり出た。彼はアリョーシャの手を取った。
「なあ、きょうだい、汚れの底なんだ。現におれは汚れの底に沈んでいるんだ。人間というものはこの地上で、恐ろしくいろんな目にあうものだよ。恐ろしくいろんな不幸な目にさ! どうか、このおれを、コニャクを飲んだり放蕩なまねをするだけの、将校の肩書きを持ったげすだとは思わないでくれ。おれはまるで、このことばかり考えているんだよ。この深い汚れに沈んだ人のことをさ。嘘《うそ》を言っているのでさえなければなあ。いや、おれは今どうか嘘をついたり、空威張《からいば》りをしたりはしたくないものだ。おれがこの人のことを考えるというのも、つまりは自分が同じような人間だからさ。
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汚れのうちよりわが魂《こころ》
救いいだして立たんとし、
昔ながら、母なる土と
とこしえに結び合いにき
[#ここで字下げ終わり]
しかし、ただどうしておれが大地と結び合ったものか、それが問題なんだ。おれは大地に接吻もしなければ、大地の胸を切り裂こうともしない。おれに百姓か牛飼いにでもなれっていうのかい? こうしておれは進んで行きながら、自分が悪臭と汚辱に足を突っこんだのか、それとも光明と歓喜の中へ踏み入ったのか、とんと見当がつかないのだ。こいつがどうもやっかいなんだよ、この世の中のこと
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