ぞきに行って、こういうことをみんなかぎ出したのである。彼はいたるところに近づきをこしらえて、いろんなことを聞きかじっていた。彼はきわめて落ち着きのないうらやましがりやだった。人並すぐれた才能を自覚していたが、それを神経的に誇張してうぬぼれていたのだ。彼は自分が一種の敏腕家になることを確信していた。もっとも、ラキーチンは破廉恥な男のくせに、自分ではそれを自覚しないばかりか、かえってテーブルの上に置いてある金を盗まないという理由から、自分はこのうえもない正直な人間だと固く信じているのだ。これが彼に友情を寄せているアリョーシャを悩ませたものである。だが、これはアリョーシャばかりでなく、誰にもどうもしかたのないことであった。
 ラキーチンは身分が低くて、食事に招待されるわけにいかなかったが、その代わりヨシフとパイーシイの両神父に、もう一人の僧が招かれていた。ミウーソフとカルガーノフとイワンがはいって来たとき、これらの人々はもう修道院長の食堂で待ち受けていた。地主のマクシーモフも脇のほうに控えていた。修道院長は来客を迎えるために、部屋のまん中へ進み出た。それは痩せて背の高い、しかしまだ壮健らしい老人で、黒い髪にはひどく胡麻塩《ごましお》が交じって、おも長な禁欲者らしいものものしい顔をしていた。彼は無言のまま客に会釈をしたが、一行も今度こそは祝福を受けるためにそのそばへ近寄った。ミウーソフはまさに手を接吻しようとさえしかかったが、どうしたのか修道院長のほうで急にその手を引っこめてしまったため、結局その接吻は成り立たなかった。それに引きかえイワン・フョードロヴィッチとカルガーノフは完全に祝福を受けた。つまり淳樸《じゅんぼく》な、平民らしい、ちゅっという音を立てて、修道院長の手に接吻したのである。
「尊師様、わたくしどもは、深くおわびを申し上げなければなりません」とミウーソフは愛想よく作り笑いをしながら、口をきった。しかしやはりもったいぶったうやうやしい調子で、「ほかでもありませんが、わたくしどもはあなたからお招きにあずかっておりました伴《つれ》の一人、フョードル・パーヴロヴィッチを同道しないで参上いたしました。同氏はあなたの御供応を御辞退いたすのやむなきに立ち至りました。それも理由あってのことでございます。実はさきほどゾシマ長老様の庵室で、あの人は息子さんとの不幸な親子喧嘩に夢中
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