ゆみなく働け。よいか、今からこのことばを覚えておくのじゃぞ、まだおまえとは話をすることもあろうけれど、わしの命数はもはや日限でなく、時刻で数えあげられておるのじゃから」
 アリョーシャの顔には再び激しい動乱の色が現われた。唇の両隅がぴくぴくと震えた。
「またおまえはどうしたのじゃ?」と長老は静かにほほえんだ。「俗世の人が涙で亡き人を送ろうとも、われわれ沙門《しゃもん》は神に召された法師を喜んでやればよいのじゃ。喜んでその冥福《めいふく》を祈ればよいのじゃ。さ、わしを一人にしておいてくれ、お祈りをせねばならぬからな。急いで行くがよい。兄のそばについておるのじゃぞ、それも片方だけでなく、両方の兄のそばにおるのじゃぞ」
 長老は祝福のために手を上げた。アリョーシャはむしょうにそこに居残りたかったけれど、ことばを返すわけにはいかなかった。そのうえ、長老が兄ドミトリイに向かって、地にぬかずいて礼拝したのはどういう意味か、それが聞いてみたくて、危うく口をすべらせるところであったが、しかし思いきって問いかけることができなかった。もしそれがかなうことなら、尋ねるまでもなく長老のほうから説明してくれるはずであった。つまり、長老にはそうする意志がなかったのである。しかし、あの礼拝は恐ろしくアリョーシャの心を打った。彼はその中に神秘的な意味の伏在することを、盲目的に信じていた。神秘的な、そしてまた恐ろしい意味かもしれない。修道院長の昼餐の始まるまでにと思って(もちろん、ただ食卓に侍するために)修道院をさして庵室の囲いの外へ出た時、急に心臓を激しく締めつけられるように覚えて、彼はその場に立ちすくんでしまった。間近に迫った自分の死を予言した長老のことばが、再び彼の耳もとで響くような気がしたのだ。長老の予言、しかもあれほどきっぱりした予言は、必ずや実現するに違いない。それはあくまでアリョーシャの信じて疑わぬところであった。しかし、この人なき後の彼はどうなるだろう? その姿を見、その声に接することなく、どうして生きられよう? それにどこへ行ったらいいのだろう? 泣かずに修道院を出て行けと長老は命じているのだ! アリョーシャはもう長いあいだこんな悩みを経験したことがなかった。彼は修道院と庵室を隔てている木立ちのあいだを急ぎ足に進みながらも、おのれの想念を持ちこたえることができなかった。それほど彼は
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