てからに、一日に一尾ずつ※[#「魚+夫」、139−3]《かまつか》を食べてからに、※[#「魚+夫」、139−3]《かまつか》で神様が買えると思っていなさるのだ!」 
「もう我慢がならん、もう我慢がならん!」そういう声が僧坊の四方からわきあがった。
 しかし、醜態の極にまで達したこの場面は、全く思いもかけぬ出来事によって中断された。突然、長老が席を立ったのである。師を思い一同を思う恐怖のために、ほとんど度を失ってしまっていたアリョーシャは、それでもかろうじて、その手をささえることができた。長老はドミトリイ・フョードロヴィッチのほうへと歩き出した。そしてぴったりそばまで近寄ったとき、彼はその前にひざまずいたのである。アリョーシャは長老が力|萎《な》えて倒れたのかと思ったが、そうではなかった。長老は膝をつくと、そのままドミトリイ・フョードロヴィッチの足もとへぬかずいて、額が地につくほど丁寧な、きっぱりした、意識的な礼拝をするのであった。アリョーシャはすっかりめんくらってしまって、長老が立ち上がろうとしたときも、助け起こすことを忘れていたほどである。かすかな微笑がその口辺にわずかに漂っていた。
「御免くだされ! 皆さん、御免くだされ!」と彼は四方に向かって、来客一同に会釈をしながら言った。ドミトリイ・フョードロヴィッチはしばらくのあいだ、雷にでも打たれたように棒立ちになっていた。おれの足もとに礼拝するなんて、いったいどうしたことだろう? が、とうとう不意に『ああ神様!』と叫びざま、両手で顔をおおって、部屋の外へ駆け出してしまった。それに続いて来客一同も、あわててうっかり主人に挨拶も会釈もしないで、どやどやと外へ出てしまったのである。ただ二人の僧だけは、再び祝福を受けるために長老のそばへ近寄った。
「あの、長老が足にお辞儀をしたのはいったい何事でしょう、何かの象徴《シンボル》でしょうかなあ?」なぜか急におとなしくなったフョードル・パーヴロヴィッチが、まだ会話のいとぐちを見つけようとした。しかし特別、誰に向かって話しかけようという勇気もなかった。ちょうど一行はこのとき庵室の囲いの外へ出ようとするところであった。
「僕は瘋癲《ふうてん》病院や狂人どもに対しては責任を持ちませんよ」と、ミウーソフがいきなりむかっ腹を立てて答えた。「しかしその代わり、あなたと同席はまっぴら御免こうむり
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