とも、彼は生まれつき癇癪《かんしゃく》持ちで、『常軌を逸した突発的な性情』を持っていた。これは当市の判事セミヨン・イワーノヴィッチ・カチャリニコフが、ある集会の席で彼を批評したことばである、彼はフロックコートのボタンをきちんとかけて、黒の手袋をはめ、絹帽子《シルクハット》を手に持って、申し分のない瀟洒《しょうしゃ》な服装ではいって来た。つい最近退職したばかりの軍人のよくするように、口髭《くちひげ》だけをたくわえて、頤鬚《あごひげ》は今のところきれいに剃《そ》り落としている。暗色の髪は短く刈りこんで、顳※[#「需+頁」、第3水準1−94−6]《こめかみ》のところだけちょっと前へ梳《と》き出してあった。彼は軍隊式に活発な大またで歩いて来た。一瞬間、閾《しきい》の上に立ち止まって、ひとわたり一同を見回すと、彼はそれがこの席の主人だと見てとって、いきなり長老のほうへつかつかと歩み寄った。彼は長老に向かって深く腰をかがめて祝福を乞うた。長老は立ち上がって彼に祝福を与えた。ドミトリイ・フョードロヴィッチはうやうやしくその手を接吻すると、恐ろしく興奮した、ほとんどいらいらしたような調子で口をきった。
「どうも、長らくお待たせしまして申しわけございません。実は父が使いによこしました下男のスメルジャコフに時間のことをくれぐれも念を押して尋ねましたところ、一時だと、はっきり二度まで答えましたので。ところが今不意に……」
「御心配には及びませんじゃ」と長老がさえぎった。「なあに、ちょっと遅刻されただけで、たいしたことはありませんじゃ……」
「まことに恐縮でございます。お優しいあなたのお心として、そうあろうとは存じておりましたが」そう言ってぶっきらぼうにことばを切ると、ドミトリイ・フョードロヴィッチはもう一度頭を下げた。それから急に父のほうを向いて、同じようなうやうやしい丁重な会釈をした。明らかに、彼は前からこの会釈のことをいろいろと考えたあげく、これによって自分の敬意と善良な意図を示すことを、自分の義務だと思いついたのである。不意を打たれてフョードル・パーヴロヴィッチはちょっとまごついたが、すぐに彼一流の活路を見いだした。ドミトリイ・フョードロヴィッチの会釈に対して、彼は椅子から立ち上がりざま、同じような丁寧な会釈をもって息子に報いた。その顔は急にものものしくしかつめらしくなったが、それ
前へ 次へ
全422ページ中94ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
ドストエフスキー フィヨードル・ミハイロヴィチ の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング