いえ本当にもっともだわ」
「いや、わしがぜひとも行かせますじゃ」と長老がきっぱりと言いきった。
五 アーメン・アーメン
長老が庵室を出ていたのはおよそ二十五分くらいだった。もう十二時半を回っているのに、この集まりの主要人物たるドミトリイ・フョードロヴィッチはいまだに姿を見せなかった。しかし一同はほとんど彼のことなど忘れてしまった形で、長老が再び庵室へはいって来たときには、恐ろしく活気のある談話が客のあいだに取りかわされていた。その話の牛耳をとっていたのはイワン・フョードロヴィッチと二人の僧であった。見受けるところ、ミウーソフも熱心にその話に容喙《ようかい》しようとしていたのだが、この時もまた彼は運が悪かった。どうやら彼は二流どころの役割しか当てがわれていないらしく、彼のことばには答えるものもあまりなかった。この新しい情勢が、しだいに鬱積《うっせき》した彼の癇癪を、ますます募らせるばかりであった。彼はもう以前からイワン・フョードロヴィッチと学識のせり合いをしていたのだが、相手の示す粗略な態度を、冷静に我慢することができなかったのだ。『少なくとも、今日までわれわれはヨーロッパにおける、いっさいの進歩の頂上に立っていたのに、この青二才が思いきりわれわれを軽蔑《けいべつ》してやがる』と彼は肚《はら》の中で考えた。さっき、椅子にじっと腰をおろして、口をつぐんでいることを誓ったフョードル・パーヴロヴィッチは、本当にしばらくのあいだは口を開かなかったが、人を小ばかにしたような薄笑いを浮かべて、隣りに坐っているミウーソフをじろじろ眺めながら、そのいらいらした様子にすっかり喜んでしまっている様子であった。彼はずっと前から何か敵《かたき》を討ってやろうと待ち構えているのだから、この好機会を見のがすことはできなかった。とうとうしんぼうがしきれなくなって、ミウーソフの肩へかがみこみながら、小声でもう一度彼をからかった。
「あんたがさっき『いとしげに接吻しぬ』の後ですぐ帰らないで、こうした無作法な仲間といっしょに踏みとどまるようになられたのはどういうわけでしょうな? それはほかでもない、あんたは自分が卑しめられ、侮辱されたような気がするものだから、その意趣返しに、一つ利口なところを見せつけてやろうと思って踏みとどまったのでがしょう。もうこうなっては、利口なところを見せないことには
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