られて、自分を見ているかどうかと、娘のほうへふり返って見た。するとリーズはほとんど安楽椅子から身を乗り出すようにして、横手からじっと彼を見つめながら、彼が自分のほうへふり向くのを一心に待ち構えていたのだ。そこでまんまと彼の視線を捕えると、長老ですら我慢がならないような笑い声をあげてしまったのである。
「どうしてあんたはこの人にそう恥ずかしい思いをさせなさるのじゃな、悪戯《いたずら》っ児《こ》さん?」
 リーズは突然、全く思いがけなくまっかになって、目を輝かした。彼女の顔は恐ろしくきまじめになった。彼女はいきり立った不平満々たる調子で、早口に神経的にしゃべりだした。
「じゃあ、どうしてこの人は何もかも忘れてしまったの? だって、この人はあたしが小さいころ、よくあたしを抱いて歩いたり、いっしょに遊んだりしたのよ。それから家へ来てあたしに読み方を教えてくれたのよ、あなたはそれを御存じ? 二年前に別れるときも、あたしのことはけっして忘れない、二人は永久に、永久に、永久に親友だって言ったわ! それだのに、今になって急にあたしをこわがりだしたんですもの。あたしがこの人を取って食べるとでもいうのでしょうか? どうしてあたしのそばへ寄って、お話をしようとしないんでしょう? なぜこの人は家へ来てくれないんでしょう? あなたがお出しなさらないの? だって、この人がどこへでも出て歩くことは、あたしたちようく知っててよ。あたしのほうからこの人を呼ぶのはぶしつけだから、この人から先に思い出してくれるのが本当だわ、もし忘れないでいてくれるのなら……いいえ、だめだわ、あの人は今、行をしているんですもの! だけど、なんだってあの人にあんな裾《すそ》の長い法衣を着せたの……駆け出したら転ぶじゃないの……」
 そして彼女は不意にこらえきれなくなって、片手で顔を隠すと、持ち前の神経的な、からだじゅうをゆすぶるような、声を立てぬ長い笑い方で、激しく、とめどなく笑い続けるのであった。長老は微笑を含みながら彼女のことばを聞き終わると、優しく祝福してやるのだった。リーズは長老の手に接吻をしようとした時、突然その手を自分の眼に押し当てて泣き出した。
「ね、あたしを怒らないでちょうだい、あたしはばかだから、なんの値打ちもないのよ……アリョーシャがこんなおかしな女のところへ来たがらないのも、もっともかもしれないわ、い
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