ありません。ただひとりわたくしだけ、それが耐えられないのでございます。本当にそれは死ぬほどつろうございます、死ぬほど!」
「それは疑いもなく死ぬほどつらいことですじゃ! しかし、それについては証明するということはとうていできぬが、信念を得ることならばできますぞ」
「どうしたら? どういう風にいたしたらよろしゅうございましょうか?」
「それは実行の愛じゃ。あなたの隣人を実際に、根気よく愛するようにつとめて御覧なされ。その愛の努力がすすむにつれて、神の存在も自分の霊魂の不滅も確信されるようになりますのじゃ。もし隣人に対する愛において、完全な自我の否定に到達したならば、その時こそ、もはや疑いもなく信仰が得られたので、いかなる疑惑もあなたの心に忍びこむことはできませんのじゃ。これはもう実験ずみの、確かな方法なのじゃから」
「実行の愛? それがまた問題でございます。しかもたいへんな問題でございます! 長老様、わたくしはときどき、自分が持っているいっさいのものを投げすて、リーザも見すてて、看護婦にでもなろうかと空想するくらい、人類を愛しているのでございます。じっとこう眼をつぶって空想しておりますと、わたくしは自分の中に押えることのできない力を感じるのでございます。どんな傷口も、どんな膿《うみ》だらけの腫瘍《しゅよう》も、わたくしを脅かすことはできないでしょう。わたくしは自分の手で傷所を包帯したり洗ったりして、苦しめる人々の看護婦になるでしょう。膿だらけの傷口を接吻することもできるくらいです……」
「ほかならぬそういうことを空想されるとすれば、それだけでもたいへん結構なことじゃ。いや、いや、そのうちひょっくりと、何か本当によいことをなされるときもありましょうわい」
「けれど、わたくし、そういう生活に長くしんぼうできるでございましょうか?」と、夫人はほとんど無我夢中の熱烈な調子でことばを続けた。「これがいちばん大切な問題でございます! これがわたくしにとっていちばん苦しい問題なのでございます。わたくしは目をつぶって、本当にそういう道を長く歩み続けられるかしら、と自分で自分に尋ねてみます。もしわたくしが傷口を洗ってやっている病人が、即刻に感謝をもって報いないばかりか、かえってわたくしの博愛的な行ないを認めも尊重もしないで、いろんなわがままを言って困らせたり、どなりつけたり、無理な要
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