るがよい。さあもう安心して帰りなされ、そなたの息子は息災でおるのじゃよ」
「おありがたい長老様、どうかあなた様に神様のお恵みのありますように! ほんにあなた様はわたくしどもの恩人でございます。わたくしども一同のために、またわたくしどもの罪障のために、代わって祈ってくださるおかた様でいらっしゃいます!」
が、長老はもう、自分の方へじっと注がれた、痩せ衰えた肺病やみらしい、まだ若い百姓女の、熱した二つの瞳《ひとみ》を群集の中にみとめていた。彼女が無言のまま、見はっている両眼は、何か願うもののようであったが、彼女はそばへ近づくのを怖《お》じ恐れているような様子だった。
「そなたは何の用で来たのじゃな」
「わたくしの魂を許してくださいませ」低い声でおもむろにこう言いながら、彼女は膝をついて長老の足もとにひれ伏した。
「神父様、わたくしは罪を犯しました、自分の罪が恐ろしゅうございます」
長老はいちばん下の段に腰をおろした。女は膝を突いたまま、そのかたわらへにじり寄った。
「わたくしは寡婦《ごけ》になって三年になります」女はぶるぶると身を震わすようにしながら、ささやき声でこう言った。「わたくしは嫁にいってつらいつらい思いをいたしました。配偶《つれあい》が年寄りで、ひどくわたくしをぶち打擲《ちょうちゃく》いたしましたのでございます。それが病気で寝つきましたとき、わたくしはその顔をつくづくと見ながら思いました、もしこの人が快《よ》くなって起きるようになったらどうしようか? と、そのとき、あの恐ろしい考えが、ふとわたくしの心に浮かんだのでございます!」
「お待ち!」そう言って長老は、耳を女の口の間近へ持って行った。女は低いささやき声で先を続けたので、ほとんど何一つ聞き取ることができなかった。間もなく女は話し終わった。
「三年になるのじゃな?」
「三年目でございます。初めのうちはなんとも思いませなんだが、このごろは、ぶらぶら病《やまい》にかかるほど、気がふさいでまいりました」
「遠方かな?」
「ここから五百|露里《エルスター》でございます」
「懺悔《ざんげ》のとき、話したのじゃな?」
「話しましてございます。二度も懺悔をいたしました」
「聖餐はいただいたかな?」
「いただきました。恐ろしゅうございます。死ぬのが恐ろしゅうございます」
「何も恐れることはない、けっして恐れることはな
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