》が何やら聞き付けました。一体韃靼人といふ奴は、耳の聡《さと》い人間です。そこでわたくしも気を付けて聞いて見ました。どうも耳に漕いで来る※[#「舟+虜」、第4水準2−85−82]《ろ》の音が聞えるやうです。そこでわたくしが河の方へ出て見ると、果してボオトが一艘こつそり近寄つて来ます。舵を取つてゐるのは帽子に前章《ぜんしやう》の附いてゐる男です。
 わたくしはみんなに声を掛けました。「おい。駄目だぜ。裁判所長が遣つて来た。」
 一同踊り上がつて、鍋を引つ繰り返して、森の中へ逃げ込みます。
 わたくしはこの時、ちらばらになるなと一同を戒めて、先づ様子を見てゐる事にしました。遣つて来る人間の頭数が少なければ、こつちが固まつて掛かれば、まだ勝てるかも知れないと思つたのです。
 そこでわたくし共は木の背後《うしろ》に隠れて待ち受けてゐました。
 ボオトは岸に着きました。陸に上がつて来るのは五人です。その内の一人が笑つてかう云ひます。「馬鹿な奴だ。皆逃げ出したのか。己が今一言言つたら、直ぐにみんな出て来るだらう。一体お前方は大胆な筈だが、逃げる事も兎より上手だなあ。」
 わたくしの隣には、一本の木
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