ぞを見※[#「二点しんにょう+官」、第3水準1−92−56]《みのが》してなるものかと、不断言つてゐるさうだ。あの辺を旨く通り抜ける事が出来たら、運が好かつたのだと思ひなさい。市中なんぞへ鼻を突つ込んではなりませんよ。」
 留守番は主人の云ひ付けた通りの金や品物を出して、それに自分の手から二十銭づつ出して添へてくれました。それから肴をくれました。そして十字を切つて、自分の部屋へ引つ込んで戸を締めてしまひました。その内一度|点《つ》けた明りを消した様子で、構内《かまへうち》は又ひつそりと寝鎮《ねしづ》まりました。まだ夜の明け切るには間があつたのです。わたくし共は、そこを出掛けましたが、一同なんとなく物悲しいやうな心持がしてゐました。
 一体流浪人の心の内には、折々深い悲哀が起るものです。闇の夜や、茂つた森が周囲《まはり》を包む。雨が濡れ通る。それを風が吹いたり、日が当つたりして、又乾かす。広い世界にどこと云つて、自分の安心して休む所はない。故郷の事は始終恋しく思つてゐるが、さて色々な難儀をしたり危険を冒したりして、そこへ帰つて見れば、犬でさへ直ぐに流浪人だといふ事を見て取るのです。それに
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