ラん+(匚<夾)」、第3水準1−84−56]《かな》つて無瑕瑾《むかきん》だと云ふ自信も、ステパンに歓喜を生ぜさせるのである。
ステパンはこんな風に自分の意思を抑制する事、自分の謙徳を増長する事などに次第に力を籠めてゐたが、それだけでは満足する事が出来なかつた。ステパンはその外一切のクリスト教の徳義を実行しようとした。そして最初にはそれが格別困難ではないやうに思はれた。
ステパンは財産を挙げて僧院に贈与した。そしてそれを惜しいとも思はなかつた。懶惰と云ふものは生来知らない。自分より眼下《めした》になつてゐる人に対して謙遜するのは、造作もないばかりではなく、却て嬉しかつた。一歩進んで金銭上の利慾と、肉慾とを剋伏《こくふく》することも、余り骨は折れなかつた。中にも肉慾は長老がひどく恐ろしいものだと云つて戒めてくれたのに、自分が平気でそれを絶つてゐられるのが嬉しかつた。只|許嫁《いひなづけ》のマリイの事を思ひ出すと煩悶する。只マリイと云ふ人の事を思ふのがつらいばかりではない。若しあの話を聞かずに結婚したら、その後どうなつたゞらうと考へて見ると、その想像が意外にも自分の遁世を大早計《だいさ
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