Tはならぬ。是非幼年学校に入れてくれと云つて置いた。そこでステパンの母は息子を屋敷から出すのを惜しくは思ひながら、夫の遺言を反古にすることが出来ぬので、已むことを得ず遺言通にした。
 さてステパンが幼年学校に這入ると同時に、未亡人《びばうじん》は娘ワルワラを連れてペエテルブルクに引越して来た。それは息子のゐる学校の近所に住つてゐて、休日には息子に来て貰はうと思つたからである。
 ステパンは幼年学校時代に優等生であつた。それに非常な名誉心を持つてゐた。どの学科も善く出来たが、中にも数学は好きで上手であつた。又前線勤務や乗馬の点数も優等であつた。目立つ程背が高いのに、存外軽捷で、風采が好かつた。品行の上からも、模範的生徒にせられなくてはならぬものであつた。然るに一つの欠点がある。それは激怒を発する癖のある事である。ステパンは酒を飲まない。女に関係しない。それに※[#「言+墟のつくり」、第4水準2−88−74]《うそ》を衝くと云ふ事がない。只此青年の立派な性格に瑕《きず》を付けるのは例の激怒だけである。それが発した時は自分で抑制することがまるで出来なくなつて、猛獣のやうな振舞をする。或時かう
前へ 次へ
全114ページ中3ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
トルストイ レオ の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング