。此境遇は随分悲惨であるが、己はそれを考へるよりは、どうにかして今の苦痛を軽減しようと工夫した。幸な事には目隠しの布が少し弛んだので、己は次第にそれをゐざらせて、とう/\ずば抜けさせた。そして己はあたりを見廻した。
地に插した一本の松明が今少しで燃えてしまふ所である。そのゆらめく※[#「左側がクの下に臼、右側が炎」、第3水準1−87−64、111−上−9]がピニイの木の赤い幹を照す。それに裸体の人が縛り附けられてゐる。レオネルロであらう。忽ち一陣の風が吹いて来て、松明がぱつと明るくなつた。レオネルロに違ひない。闇夜を背景にして白皙な体が浮いて見える。併しこれは夜目の迷であらうか。まやかしの幻影であらうか。その体は女の体である。併し女の体でゐて、矢張レオネルロである。顔はそむけてゐて見えない。見えるのは只髪を短く刈つた頭と項《うなじ》と丈である。併し体は女で、それがレオネルロに違ひない。木の幹を攫むやうにしてゐる、小さい、優しい手は、見覚えのあるレオネルロの手である。
女だ。思ひ掛けぬ発見は残酷にも己の心を掻き乱した。そして恐ろしい疑念を萌さしめた。女であつたか。併しなぜ男装してゐたのだらう。なぜそんな秘密をしてゐたのだらう。女であつた。レオネルロが女であつた。あゝ、匕首の一えぐり。紅《くれなゐ》の創口。アルドラミン。
松明は次第に燃え尽した。猿轡は己の口を噤ませてゐても、己の頭には思想が相駆逐してゐる。此思想は初め生じた時|糾紛《きうふん》して曖昧であつたが、それが次第に透徹になつて来た。事実の真相が露呈して来た。そして己はアルドラミンの口から、今己の話した通りの事を聞くやうな気がした。
夜《よ》が明けて樵夫《きこり》が一人通り掛かつた。それが己の繩を解いてくれた。その時は己は苦痛と疲労とのために失神してゐたのである。己は気が附いて見ると、地に僵《たふ》れてゐた。己の目はすぐにレオネルロに似た裸体の女の縛り附けられてゐたピニイの木を尋ねた。併しもうそこには姿が見えなかつた。察するに其人は夜の明けぬ間に繩を抜けて逃げたのだらう。己は木の下に歩み寄つた。一箇処繩で摩《す》られて、木の皮が溝のやうに窪んでゐた。そして木の根にはちぎれた繩が落ちてゐた。樵夫はそれを拾つて嚢《ふくろ》に入れた。薪を束ねる料にしようと思つたのだらう。己は黙つて樵夫に附いて小屋まで往つて、
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