常に絵画趣味や、文学趣味に富んで居て、その血が私に遺伝したわけでございますが、何しろ菊安が家の近くだったものでございますから、母は屡※[#二の字点、1−2−22]その菊安へ駆けつけて、そうした馬琴の読本やいろんな絵本を一束ずつ買って来たものでございます。そうして母子してその読本を翻しながら、絵を眺めることに非常な享楽を得たものでございます。殊に私はそれ等の版画をその儘、手当り次第に模写するのが、子供心の非常な感興でもありましたし、それが少女時代の重要な生活の一つになり、離すことの出来ない習慣性にもなりました。そうして屡※[#二の字点、1−2−22]私から母にせがんで、菊安へ買い求めに行って貰ったものでございます。その中には有名な「北斎漫画」などもございましたが、その時代のことですから、非常な廉価で買い得られたわけで、何しろ小銭をちょっとひと握りして行けば、そうした古書を一束抱えて帰ることが出来たほどですから、実に安価だったわけでございます。

     馬琴と北斎の想い出

 何分にも少女時代のことですから、馬琴が何か、北斎が何か、確実な理解も持たずに、享楽し、且つ執着して居たわけでございますが、後年成長して馬琴と北斎との※[#「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2−13−28]絵に絡まるエピソードを知るようになって、一層私は少女時代の絵本類に懐かしい追憶を昂《たか》めました。
 今更私が解き出すまでもありませんが、それは恰度「新編水滸伝」の※[#「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2−13−28]絵の時の出来事でございます。※[#「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2−13−28]絵家の北斎に対して、著者の馬琴があまり神経質にいろんな執筆上の注文を頻発するものですから、自我の強い北斎は到頭爆発してしまい、断然※[#「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2−13−28]絵を拒絶しましたが、北斎の※[#「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2−13−28]絵の方が人気があったせいか否か、書肆の丸屋甚助は、水滸伝の翻訳を高井蘭山に転替しました。が、どう和解したものか、その翌年北斎は須原屋市兵衛出版にかかる馬琴著の「三七全伝南柯の夢」の※[#「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2−13−28]
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