そんなことでしたでしょう。しかし、何としましても、私には惜しいものばかり、まして奥の机には、苦心に苦心を重ねて集めました参考品に写しましたもの、それに大事な絵巻物や印材など、私にとっては金に換えがたいものばかりを蔵《しま》っていたのでございましたわけで、それだけは、どうしてもなくしたくなかったのでした。だが、結局そう申しましたわけで、家は半焼、私のそれらの物はすっかり焼失し、残ったものと言えば、商売のお茶々の壺ぐらいというさまでした。取り出そうにも何も、寝巻なりで飛び出した私は、気ばかりあせるだけで、泣くにも泣けずあの燃えさかる火の海をみてただけでございます。今考えてもこんな口惜しいことはないのですが、「まあ、人様に迷惑かけたのではなし、迷惑かけられたのがせめての慰め、寝るにも寝やすいわ」と、申します母の言葉を、そうだとは思いながら、あきらめきれぬ思いで聞いたものでした。
 それでも全焼でなく半焼に終りましたので、すぐさま寝るところに不自由はなかったのでしたが、雨ふれば忽ち屋根もりするといった有様、なにしろ小さい時から育ちました家とて、去るにも去り兼ねる思いで、幾月か半焼の屋根の下に母
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