よかつたのでせうし、ひどく其処が気に入つてゐたやうですが、そのかはり、やぶ蚊が大変だと云ふので昼間でも大きな蚊帳をつつて、その中で絵を描いてゐられたと云ふ事です。
 何しろあのあたりは、やぶに取りまかれてゐて、町にゐるやうな訳には行かなかつたのでせう。
 八百三の時分は、そのあとでしたが、丁度あの家が、格子の間造りで古風な建物でした。その西の方に、きれいな風呂屋がありました。そこへよく弟子達が一しよについて行つて、先生のからだを、その風呂の中でしきりにもんでゐる今のマツサーヂと云ふのでせう、達者で顔色の艶やかな、その風貌を今でも覚えて居ります。

   四

 火事で丸焼けになつてから、私達は小さな家に引きうつりました。その頃如雲社と云ふものがあつて、毎月十一日の日に当時の作家の展覧会を催し、別室には故人の名作を展列して居りました。私はその頃、月の十一日を楽しみにして待つて、そこへ出かけるのでした。
 そして名作の縮図を取つて帰るのでした。熱心さに於いて何人にもまけるものか、と云ふのは私の信念であつた。ある時如雲社で、芳文さんが(あんたはほんたうに熱心な人だ)と云つてほめてくれた事など
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