かつた……。
 忽ち火はひろがり、寒い夜のことでしたが私達が目をさまして、その騒ぎに、思はず表へ飛び出した時は、もういちめんに火の手が廻り、夜の闇を、炎がつんざいて、只ならぬ群衆のあわてふためいた騒ぎに、町はうめられてゐました。
 もえしきる家の戸口からは、まるで、コンロから火を吐くやうに、炎をはき、そのすさまじい火勢に思はず、すくみあがる思ひがしました。
 何ひとつ取り出すいとまもない、町の人々や、ひけしや、寺町の辻にゐた大勢の俥屋らが、もえしきる家々に飛び込んで行つて、荷物を運び出す、水をかける、その混乱した火炎と群衆のなかに、やうやく運び出された長持はと見ればなかに這入つた衣類の上に火の玉が飛び込んでゐて、くろけむりを立てながら焼けて、くすぶつて、その上に思慮もなくかけられた水に、ぬれそぼけてゐる。
 水火によごれた往来には、衣類や、せとものや、様々な家財道具が、乱雑になげだされ、われてやぶれて、ふみにじられ泥にまぶれて、手がつけられないと云ふ有様でした。

   二

 その頃向ひの家紅平といふ、小町紅を売る、京都でもやかましい紅屋でありましたが、その家に昔から伝はつた、小野の
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