た。

 小町紅の店が近くにあった。
 いつも繁昌していた。
 その頃の紅は、茶碗に刷いて売ったものである。町の娘さんたちは、みんなてんでに容れ物を持って買いに行った。
 店には綺麗な娘さんの売り子がいて、桃割れを緋もみ[#「もみ」に傍点]の裂でつつんだりして帳場に坐っていた。
 お客さんが来ると、器用な手つきで紅を茶碗に刷いてやった。お客も鴛鴦や島田の綺麗な人が多く、小町紅というと、いつでも美しい情景がその店先に浮かぶ。

 紅のつけ方にしても茶碗に刷いた玉虫色のを、小さな紅筆で溶いて、上唇は薄く、下唇を濃く玉虫色に彩ったもので、そこに何とも言えない風情が漂うのであった。

 そうした町中の店先などに見る人たちの風にも、あの頃はどちらかというと、江戸時代の面影が半ば残っていて一入《ひとしお》なつかしいものがあった。
 先年(昭和九年)帝展に出した「母子」は、あの頃への思い出を描いたものであるが、いわば、わたくしひとりの胸の奥に残された懐かしい思い出なのである。
 ああした一連の風俗画は、わたくしひとりに描くことをゆるされた世界のような気がする。
 こうしたもので、まだまだ描きたいもの
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