であった。別に眠るまいと決心して頑張った次第ではないが、締切日が迫って来たのと、描き出すとこちらが筆をやめようとしても手はいつの間にか絵筆をにぎって画布のところへ行っているという、いわば絵霊にとり憑かれた形で、とうとう四日三晩ぶっ通しに描きつづけてしまったのである。

「唐美人」で憶い出すのは梅花粧の故事漢の武帝の女寿陽公主の髪《わげ》の形である。あれにはずいぶん思案をしたものである。
 支那の当時の風俗画を調べるやら博物館や図書館などへ行って参考をもとめたが寿陽公主にぴったりした髪《わげ》が見つからなかった。
 髪の形で公主という品位を生かしもし殺しもするのでずいぶんと思い悩んだが、構図がすっかり纒まってから三日目にやっとそれを掴むことができたのである。博物館や図書館へ運んだ疲れた体で、画室をかき廻して参考書を調べ、それらの中にも見つからずうとうとと眠り、さて目ざめてから用を達しに後架へ行って手水鉢の水を一すくいし、それを庭のたたきへ何気なくぱっと撒いた瞬間、たたきの上に飛び散った水の形が髪《わげ》になっていた。
「ほんにあれは面白い形やな」
 私はそう呟いたがその時はからずあの公主
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