うと、医者はそれごらんなさいといった顔をして、
「あなたほどの年配になると、そう若い人と同じように無理は通りませんよ。三十歳には三十歳に応じた無理でなければ通りません。六十歳の人が二十代の人の無理をしようとしてもそれは無理というものですよ」
と戒められた。私はそれ以来夜分はいっさい筆を執らないことにしている。
ふりかえってみれば、私という人間はずいぶんと若い頃から体に無理をしつづけて来たものである。よくこの年まで体が保ったものだと自分で自分の体に感心することがある。
若いころ春季の出品に明皇花を賞す図で、玄宗と楊貴妃が宮苑で牡丹を見る図を描いたときは、四日三晩のあいだ全くの一睡もしなかった。若い盛りのことでもあり、絵の方にも油がのりかかっていたころであったが、今考えれば驚くほどの無茶をしたものである。
展覧会の搬入締切日がだんだん近づいて来るし、決定的な構図が頭に浮かんで来ない。あせればあせるほど、いい考案も出て来ないという有様で、あれこれと迷っているうちにあと一週間という時になって始めて不動の構図に想い到った。
それからは不眠不休すべてをこの絵に注ぎこんでそれと格闘したの
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